3/9の朝、うちに来ていたオカメインコのレモンが
入院先の病院で亡くなりました。
こちらのブログではあまりこの子達の記事を取り扱っていなくて
以前書いた『オカメインコがやってきた』の記事以来になってしまいますね。
レモンはオカメインコのトレードマークである冠羽が貧相で、
やっと生えてきても何故かボサボサで、
目が小さかったのですが、
でもむしろそれがチャームポイントの、
本当に人が大好きで、
撫でてあげると小さい目をじっとこちらに向けて
うっとりしている甘えん坊ちゃんでした。
前飼っていたピノもなかなか甘えたがりでしたが
それを上回るほど本当に人の手や肩が大好きな子でした。
5日前に黒いフンをするようになり、同時に吐いたので
慌てて病院に連れて行ったのですが結局入院の末
治ることはありませんでした。
強力な強い薬で憎い憎い病原菌を一気に殺してくれ!!
と何度も歯痒く思ったけれど
命を削るギリギリの量の薬と病気の進行速度を測りながらの治療は
私たちが思うようには
レモンの病気も治せなかったのでしょう。
ピーラーで切った私の親指がぐんぐんカサブタになって治るように
レモンの病気も治ってくれるとずっと信じていました。
また元気に家へ帰ってくるとばかり思っていました。
本当にあっという間でした。
ここからはバカな私の懺悔だと思って読んでいただけたらと
思います。
レモンとりんごが来た時期は
以前可愛がっていたコザクラインコのピノが急遽して
まだ一年経たない時でした。
以前飼っていたピノはとても愛情深い鳥で、
私をパートナーと認識して14年、
一度もわき目を振らずに私達を想ってくれた子でした。
どんなに優しい人がいても
どんなに綺麗な家に預けられても
絶対に私のところに飛んできて
朝は私が起きるまで布団の上で何時間も待っていたピノ。
そんな健気な態度に
亡くなって一年もたたないのに他のインコを可愛がるなんて
ピノに対して不誠実はなことは絶対にしたくないと言う思いから
オカメインコ2匹を引き取ることに同意しておきながら
私はやってきたレモンとりんごに
あまり関心を向けませんでした。
(勿論引き取った母はきちんと世話をして
可愛がっていました)
それでも今から思い返せば
レモンはいつも私が手を差し出すと必ず乗ってきて、
撫でてあげるとキュルル…と鳴いて喜んで
家族に対して一生懸命おしゃべりする真っ直ぐな子で
こんな取り返しのつかない時になってやっと
『私の考えてたピノへの配慮は
レモンにとっては全く罪のない関係ない話だったのに』
と気づいたんです。
ピノが亡くなった時に
命は無限では無いのだから
元気なうちに後悔しないように尽くしてあげなくちゃいけない
と学んだのに
父にCDを届けられないまま亡くした時に
今できることを後回しにしない
と後悔したのに
何一つレモンに生かしてあげられなかった。
命がどんなにもう脆くて尊いものか
たった一年前に思い知ったばっかりなのに
また大切にしてあげられなかった。
母もぼそっと言っていましたが、きっと
自分が呼吸ができなくて苦しい状況になってはじめて
『ああ、ピノはあの時こんなに怖かったんだ』と分かり、
病気で食べ物を吐いて骨と筋ばかりになってはじめて
『レモンはあの時こんなに苦しかったんだ』と知るのかもしれません。
『死』というものがリアルに自分に差し迫る時になって
はじめて私は
命がどんなに惜しくて大切で
一度きりの人生がどんなにかけがえのないものなのか
本当の意味で理解するんでしょうね
忘れられないのは
最後にレモンに入院中に面会した時
プラスチックケース越しに撫でていたのですが
時間になって立ち去ろうとすると
具合が悪いのに
ケースの中で精一杯私たちの方に来ようとしていたこと。
タラレバの話だし
治ると信じていたから入院させたけど
こんな結末なら家に連れて帰って
ずっと一緒にいるりんごと
大好きな母の手の中で息を引き取って欲しかった
一度は人間に羽を切って捨てられて、
衰弱しきっているところを保護されて
一時的に『タンゴ』と名付けられた後
この家で名前を『レモン』に変える大変な運命の中でも
最期まで人間を信用してくれて
すれることも屈折することもなく
真っ直ぐ人間が大好きでいてくれたのに
最期は入院中の無機質なプラスチックケースの中で
一人ぼっちで息を引き取ったのだと思うと
レモンが不憫で申し訳なくて可哀想で可哀想で
たまらなくなります。
本当に本当に
最後にみたプラスチックケースの中の
レモンが歩み寄ってきていた光景が
忘れられない。
少しでも救われるのは
母が亡くなる前日の夜に
『一度捨てられたレモンは
入院という概念がわからないから、
また捨てられたと勘違いさせたら可哀想だ』
と会社を早退して面会に行き、
一時間手の中で撫でてあげていたということ。
レモンを飼っていたのは母なので
一番大好きな母の手の中で最期の時を過ごすことが出来たことは
本当に良かったと心から思います。
亡くなってしまうと
同じ体でもやっぱり顔つきが変わってしまって
力が抜けた、言葉にうまく表せない淋しい見た目になってしまいますね。。。
生きているって、それだけで輝いているんだと
悲しく実感するほどに。
ピノもレモンも
鳥は本当に欲のない愛情に溢れた生き物で
『ただただ人の肩や手に触れていられたら
それだけで心の底から幸せ』
という雰囲気を全身で表していました。
鳥も犬も猫もみんな
純粋で素直で優しい生き物ですね。
人間なんかが何したってとても敵わないほど魂が美しい。
せめてレモンが楽になって
切られていた羽根を優雅に使って虹の橋を飛びながら
幸せでいることを願うばかりです。
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